法要のその日に・・・
父の49日の法要が終わった夕方に
待ち望んでいた私にとって初めてOOAKベベがアメリカから届いた

Sebilla Bosさんが日本の赤ちゃんをイメージして作ったLuluちゃんをお披露目〜

一括払いではとても無理だったので6ヶ月月賦にしてもらった

赤ちゃんらしいふっくらほっぺがなんとも可愛いLuluちゃん

世界にたった一体・・・ひとりだけの私の赤ちゃん
だから感慨もひとしおだったりする

父の49日の法要に誕生したというのも何かを感じざるを得なかった

名前は今のところオリジナル名のルルちゃんと呼んでいるんだけど
やっぱり日本人っぽい名前をつけてあげたいとも思っていて
今、「女の子の名付け」や「赤ちゃんの名前」など検索しまくっている
Luluちゃんのショップからは早くも「妹はいかが?」みたいなメールは届くし
ムリムリ!
それに、ダルやブライスも予約しちゃってるし
ビョウキハナカナカナオラナイ
待ち望んでいた私にとって初めてOOAKベベがアメリカから届いた


Sebilla Bosさんが日本の赤ちゃんをイメージして作ったLuluちゃんをお披露目〜


一括払いではとても無理だったので6ヶ月月賦にしてもらった


赤ちゃんらしいふっくらほっぺがなんとも可愛いLuluちゃん


世界にたった一体・・・ひとりだけの私の赤ちゃん

だから感慨もひとしおだったりする


父の49日の法要に誕生したというのも何かを感じざるを得なかった


名前は今のところオリジナル名のルルちゃんと呼んでいるんだけど
やっぱり日本人っぽい名前をつけてあげたいとも思っていて
今、「女の子の名付け」や「赤ちゃんの名前」など検索しまくっている

Luluちゃんのショップからは早くも「妹はいかが?」みたいなメールは届くし
ムリムリ!それに、ダルやブライスも予約しちゃってるし
ビョウキハナカナカナオラナイ法要を終えて・・・
父の49日の法要を27日に無事に済ませることができた。
長かったような短かったような47日間だった。
意識障害を起こして救急車で入院して2週間目、
担当医の先生と退院の話しなどをした数十分後に心配停止状態で
息を引き取った父。
あまりにもあっけなくあまりにも突然で
「えっ、何?何?何で?」としか考えられなかった私。
母と姉が病院に来るまで私は父のかたわらで
「ごめんね、ごめんね!」としか言えなかった。
あんなに家に帰りたがっていたのに帰してあげることができなかった。
検査は「もう、いい!」と何度も言っていたのに色んな検査をさせてしまった。
母と姉が来てから父の身体を綺麗に拭いてあげていると
右肩にひどい床ずれができていた。
看護師さんたちも床ずれができないように3時間置きに体位を変えてくれていたのだが
ひとりで寝返りができなくなった父に容赦なく痛々しい擦り傷できていた。
病院には姉がひとり残ってくれて
私と母は先に家に帰り父が戻ってくるのを待っていた。
姉から「今から病院を出る」という電話をもらい私は薄暗くなった庭に出て
父の帰りを待っていた。
手持ち無沙汰で柿の葉っぱをブチブチとむしりながら
独り言で「パパァ〜。」と空に向かってつぶやいてみたりした。
その時、確かに私の頭上から「をぉ〜い!」といういつもの父の声が返ってきた!!!
本当に聞こえたのだ!
元気そうな声に安心した気持ちになった。
退院したら姉と精一杯介護しようと心に決めて、
むしろその介護を楽しみにしてたぐらいだったのに、
父はやっぱり私たちにやっかいをかけさせたくなかったのだろうか。
きっとそうに違いない!
父の葬儀は母の希望もあって我が家から極々身内だけで見送ってあげようと
家族葬にすることに決めた。
あんなに我が家に帰りたかった父。
花が好きだった父。
私たちはたくさんの花で父を囲んでもらうように葬儀屋さんにお願いをした。



そして床ずれで擦り傷のできてしまった父に少しでも楽になってもらいたくて・・・

ふかふかのお布団のついたお棺を選んだ私だった。
こんなことぐらいしかできなくてごめんね、パパ。
もう、死にそうなほど身体がかったるいこともなくなったよね。
大好きだった豆大福もまるごと一個食べられてるよね。
どうか安らかに眠ってね。
本当にありがとうね、パパ!
長かったような短かったような47日間だった。
意識障害を起こして救急車で入院して2週間目、
担当医の先生と退院の話しなどをした数十分後に心配停止状態で
息を引き取った父。
あまりにもあっけなくあまりにも突然で
「えっ、何?何?何で?」としか考えられなかった私。
母と姉が病院に来るまで私は父のかたわらで
「ごめんね、ごめんね!」としか言えなかった。
あんなに家に帰りたがっていたのに帰してあげることができなかった。
検査は「もう、いい!」と何度も言っていたのに色んな検査をさせてしまった。
母と姉が来てから父の身体を綺麗に拭いてあげていると
右肩にひどい床ずれができていた。
看護師さんたちも床ずれができないように3時間置きに体位を変えてくれていたのだが
ひとりで寝返りができなくなった父に容赦なく痛々しい擦り傷できていた。
病院には姉がひとり残ってくれて
私と母は先に家に帰り父が戻ってくるのを待っていた。
姉から「今から病院を出る」という電話をもらい私は薄暗くなった庭に出て
父の帰りを待っていた。
手持ち無沙汰で柿の葉っぱをブチブチとむしりながら
独り言で「パパァ〜。」と空に向かってつぶやいてみたりした。
その時、確かに私の頭上から「をぉ〜い!」といういつもの父の声が返ってきた!!!
本当に聞こえたのだ!
元気そうな声に安心した気持ちになった。
退院したら姉と精一杯介護しようと心に決めて、
むしろその介護を楽しみにしてたぐらいだったのに、
父はやっぱり私たちにやっかいをかけさせたくなかったのだろうか。
きっとそうに違いない!
父の葬儀は母の希望もあって我が家から極々身内だけで見送ってあげようと
家族葬にすることに決めた。
あんなに我が家に帰りたかった父。
花が好きだった父。
私たちはたくさんの花で父を囲んでもらうように葬儀屋さんにお願いをした。



そして床ずれで擦り傷のできてしまった父に少しでも楽になってもらいたくて・・・

ふかふかのお布団のついたお棺を選んだ私だった。
こんなことぐらいしかできなくてごめんね、パパ。
もう、死にそうなほど身体がかったるいこともなくなったよね。
大好きだった豆大福もまるごと一個食べられてるよね。
どうか安らかに眠ってね。
本当にありがとうね、パパ!

















